彼のこと 藤堂志津子

彼のこと (文春文庫)

彼のこと (文春文庫)

あとがきにもあったけれど、自分に仮面をかぶることがない人っていないんじゃないかと思います。
私は外面的にはよくオープンだとか社交的だとか言われるほうなのですが、部屋にいればこっそりパソコンなんかやっちゃうし、実は結構性格悪いし、たまに風呂入らないし(そ れ は ち ょ っ と ! !)
そんなところをだれかれかまわず見せてたら人付き合いなんてできるもんじゃないなとか思い、なるべく出さないようにしています。
でも私の場合、人数は少ないけど、仮面をとる時はあります。
それは部分的なところだけだったり、家族の前だけだったりするけれど、何も考えないで本当の自分を受け止めてもらえるという安心感は本当に大切なものだと思います。
逆にそんな人たちがいてくれなかったらと思うとぞっとします。
しかも見せないなら見せないでただ自分の殻に閉じこもってじっとしているだけならまだしも、常に仮面を被って、様々な人と関わっていかなくちゃいけないなんて、到底できることとも思えないのです。
もしも仮面が丈夫で決して壊れなくても、その下の素顔の自分はどんどん崩れていって傷だらけなって、最後には仮面を被ることもできないぐらいにぐちゃぐちゃになってしまうでしょう。
この作品に書かれている「彼」は悲しいぐらいに仮面を被り続けて生きていました。
エリートで優しくて、完璧な夫である「仮面」
最高のパートナーで、知性あふれる恋人の「仮面」
意地が悪くて、性欲をむき出しにする支配者の「仮面」
両親にとっては天からの授かり物としか思えないような自慢の息子の「仮面」・・
だけど、最終的に仮面をはずした彼に残ったのは凍るような暗闇と、恐ろしい空虚でした。
仮面を被ることによって自分を守っているようでいて、実は一番自分を傷つけててしまっているのだと、この作品は彼を通して静かに語っています。

余談ですが、小説を読み終わってからこの文庫本の表紙絵を見ると、寒気がするぐらい「彼」にそっくりなことに気がつきます。
この絵描いた方はどなただろう・・ファンになってしまった。